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有田焼

佐賀県有田町で焼かれ、古伊万里、柿右衛門、金襴手などの技法とその美しさで、ヨーロッパの人々を魅了

有田焼は、江戸時代の積出港の地名から伊万里焼と呼ばれます。1610年頃、日本で初めて磁器の生産が有田で始まりました。当初は朝鮮の影響もあり、染付磁器が中心でした。1640年頃、佐賀鍋島藩の庇護の下、中国(明)の技術導入により、色絵磁器の生産に成功した後は、朝鮮・中国の影響を脱して日本独自の季節感あふれる装飾性のある磁器の生産が行われるようになりました。

1653年にオランダの東インド会社(V・O・C)による交易で、欧州に有田の磁器が輸出され、特に色絵磁器の染錦飾り皿、大壺、大鉢などが欧州の王侯貴族に愛用されました。また、欧州の生活様式に合わせた器や調度品などを生産輸出し、欧州で伊万里焼として評価され、伊万里焼が浮世絵とともに江戸時代の日本文化のシンボルとなりました。

日本国内でも有田の磁器は人々の生活様式を大きく変えました。それまでの木の器や茶色の土器の生活から、白い食器や色絵の器がまたたく間に全国に広がり、四季に合わせたデザインへと変わっていきました。有田の磁器は、飾り皿、大壺、大鉢など、美術品としての価値と、一般生活で使用する器としての価値のものに大別されます。

技法は、染付・青磁・白磁・天目・色絵・染錦・色鍋島・柿右衛門様式・瑠璃釉・辰砂などがあります。現在も有田の周辺では、伝統を守りながら技法や釉薬やろくろの形成を研究し、独自の作品の製作に励んでいる作家がいます。白磁に「藍染」、「紅染」を描く庄村健氏、白磁に独自の象嵌を施す中尾恭純氏など、全国で注目されます。